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私たちはどうしてもKさんを翻意させることはできなかった。 数年後、彼は当然の帰結として前立腺がんの骨転移に対応するため、塞丸を摘出する去勢手術を受けることになった。
その帰結も含めて一連の経緯は、予後とQOLについていろいろ重要な問題を提起してくれた。 それにしても最近、日本社会でもがん術後のQOLに関して、生命のリスクを冒しても性機能の維持を望む人たちが増えている。
嘗ての日本人は、いのちあっての物種と考えてのことか、あるいは恥の文化ということで素直な気持ちを告白できなかったからか、いずれにせよ性生活を犠牲にすることをいとわなかったが、最近、食生活と並んで性生活の欧米化の反映とも思われる傾向が強まっているようである。 実際に米国では大腸がんの肝臓転移などの際にも、性機能を残して短期間といえども充実した終末をという事例すら多く報告されている。
ちなみに術前の私だが、Kさんのような勇気や信念は持てなかった。 いのちあっての物種と考える以上に思考は広がらず、ためらうことなく機能障害よりは全体的な予後を選択した。
それは主治医の思いにもかなったようで、彼は大きくうなずいて私に対するインフォームド・コンセントは滞りなく終わった。 がんと「共存」するいのちより大切な尊厳男性に特異的なQOLについて寸描したが、同じように女性の人間性の深部を問うようなQOLということではどうであろうか。

以前、拙著『いのち織りなす家族』(岩波書店、二○○二年)で、薄幸の乳がん患者を取り上げて、「〃死にたい〃と言って泣いても〃死にたくない〃と言って死ぬことはしない」という彼女のメッセージについて記述したら、最近になって読者の方からお手紙など反響が増している。 その例も含めてこの間、私は内科医でありながら若年の乳がん末期患者に度々遭遇している。
「妊娠、育児中の主婦のがんは手遅れで受診する」点でいずれも酷似しており、その悲劇性が医師・看護師などの間でよく話題にされる。 私たちが容易に理解しがたい、複雑な女性のアイデンティティの所産なのだと思いいたされる次第である。
二八歳の女性Yさんが車椅子で緊急入院してきた。 付き添ってきた夫の話によれば、乳がんの骨転移による運動障害ということは明らかであった。
数週間ほど前から両下肢に痛みを感じ、やがて自力での歩行に困難を覚えるようになり、ついには起立の動作にも支障を感じるようになったという。 およそ四年前に妊娠した際、右乳房の豆粒大のシコリに気付いたが、一人密かに経過を見ているうちにみるみる大きさを増した。
やがて握り拳状に盛り上がった胸部の異変に気付いた夫があわてて無理やり医療機関に伴った。 もはや背骨などに転移が認められて、手術適応はなくせいぜい抗がん剤と放射線治療の道しか残されていないと宣告されたというのである。
一般に乳がんの早期診断を語る場合、妊娠時は病変の発見が遅れがちで、非妊娠時に比して倍以上の期間を要するという報告もある。 彼女の場合、病変の自覚がありながらそこに至るまで病状をひた隠しにするような態度を徹頭徹尾とり続けて、手遅れになってしまったと、夫が病院のテーブルを拳で叩いてしきりに悔しがる。
これまでも受診を勧める夫と拒否する彼女の間でことあるごとに激しいやり取りがあって、時にはつかみ合うようなことが何度も繰り返されたらしい。 他の家族も含めて「病院に行こう」といくら説得しても、「病院には行かなどと頑として応じようとしない。
その間、無理やり力ずくで引っ張って行かれた医療機関で、「二つとか三つになったばかりの女の子にとって母親の存在は欠かせないものだ。 あなたにとってもかけがえのない分身を置いて死ぬことはどんなに辛いことだろうか。
私たちの方針に従ってくれたらもっと子どもの発育、成長を見守ることができるのに」と医師が懸命に説いても、その説諭にまったく耳をかそうとはしなかった。 それよりも「食事療法その他で絶対に治してみせる」と、彼女は雑誌などから得た知識に頼ってキノコ類の健康食品と菜食中心の補完代替医療を始めたという。
半年余りが経過して激しい咳を訴えるようになり、病院を受診した時には肺に二つの転移巣がんと「共存」するが見つかった。 このときも即座に入院を勧められたが、「無理やり入院させるというなら病室から飛び降りて死ぬ」と激しい口調で拒んで、恐れをなした医師たちは入院の勧告を撤回したという。

その頃、彼女は立つのがやっとの状態でありながら、這って移動するような生活をあえてして育児だけは健気に継続していた。 「私がいなければ小さな子どもが困る。
痛みをとって欲しい。 痛みがなければあの子のことがもっとできる」と、麻薬、鎮痛剤の投与を受ける外来での治療にはやっと同意したそうである。
それでも痛みは次第に増強、モルヒネの使用量も増え、歩くこともできなくなって、前述のようにとうとう車椅子での入院を余儀なくされた。 入院後の病室で彼女は、半ば眠っているような意識が低下した状態(医学的に噌眠と呼ばれる)のことが多かった。
はっきりと目覚めている時には、「義母に子どもを任せているので気がかりで仕方がない」、また「あの子のことが心配だ。 いつになったら家に帰れるの」とそればかりを口にする様子だった。
病院のスタッフたちとすれば、「まだ小さい子どもがいるのに、あとわずかで死ぬなんて、どうすればよいのか」と、慰める言葉も思いつかないまま手をこまぬくような日々であった。 当然、看護師の中から治る見込みのない入院で残された貴重な時間を空しく浪費するより、あんなに帰りたがっているのだから自宅へ帰してあげた方が、患者さんのためかもしれないと彼女に同調する意見が出た。
一時的な外泊が許可されて二日後、彼女は見違えるような面持ちで戻ってきた。 「わが子と添い寝するなど、どんなに楽しい時間だったか」と、嬉しそうに話すのを見ていると、もてがんがどこかへ消し飛んでしまったのではと錯覚するほどの笑顔であった。

発熱が持続、最終的に胸水が溜まり、呼吸困難で全身状態が日に日に悪化。 二度目の外泊で自宅に戻ったが、呼吸困難のためあたふたと帰院、次の日に逝った。
幼い子どもを傍らにまだ温かい妻に取りすがり号泣する夫の姿は、一様に周囲の涙を誘った。 Yさんが亡くなった後、看護師たちが聞きだした断片的な情報があらためて整理されてみると、当初、彼女は、急速に拡がりを見せる病変についてどうすれば良いのか分からず、自己制御ができないパニック状態に追いやられたようである。
彼女には真っ先に離婚の二文字がちらついたという。 勤務先の若い専務(夫)との大恋愛の末、結婚に漕ぎ着けた。
「釣り合いがとれない」と夫側の家族の猛反対を押し切ってやっとつかんだ愛、子どものこと、将来の人生等々、それらすべてを失うことを一途に恐れたのかも知れない。 看護師の多くは、まともな治療を受けていたらもう少し長く生きられたのではないだろうかと言い、「乳がんはシコリを触診できる点で自己発見が可能な数少ないがんではないか。
早期発見なら乳房温存術という方法もあっただろうに」と若さゆえの浅はかさを嘆く医師もいた。 彼女は、「生まれて間もない子に母乳をやりたくてもやれない場面を想像しただけで胸がつまる。

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